自分が変わるということに対する誤解

自分が変われば現実も変わるというのは真実です。

ところがこれを誤解し、今、嫌な現実を体験しているのは自分が駄目だからという風に考えてしまう人が多い様です。
今の自分が駄目だから、自分を変えたいという訳です。

このとらえ方だと、まず自己否定ありきなので、どれだけ自分を変えても、嫌な現実が変わっていきません。

本来、自分が変わるというのは、その自己否定を止めるということなのですが、自分が駄目だから変えるというのでは、何も変わっていきません。

自分が変わるとはどういうことなのかというと、自分を見つめて、固定観念を探り、役に立たない固定観念をチェックし、整理するということです。
自分のネガティブな気持ちや行動の元になっている固定観念に気付きさえすれば、それでクリアになっていくので、特に消そうとする必要もありません。

正確に言えば、ネガティブな気持ちや行動の元になっている固定観念に気付くことで、その固定観念が植え付けられた時(大抵は幼い頃)に伴った感情(主に恐れ)を解放できるので、とらわれなくなるのです。

ほとんどの場合、どんな固定観念を植え付けられたかは忘れているのですが、その時の感情だけが残っているのです。

大人になった自分がその観念を検討すれば、ばかばかしいことと分かるのですが、幼い頃は、それが分かりませんから、恐怖だけが残っていて、その観念が類推される状況の時、過敏に反応しているのです。

例えば、子供の頃、ショッピングセンターなどで、わがままではなく、好奇心から歩き廻っていただけなのに、親から突然、「バイバイ」等と言われたりすることが繰り返されると、自分が興味あることをすると捨てられるという観念が植え付けられる訳です。

幼い頃の親というは、子供にとっては神様みたいなものですから、親に捨てられるということは、死ぬかもしれないというのと似た様な恐怖を感じたと考えても大袈裟ではないでしょう。
親から「バイバイ」と言われることが、子供にとってどういうことを意味するかを、もう
少し考えた方がいいでしょうね。

友達同志の別れの挨拶であれば、なんてことない言葉ですが、いっしょに住んでいる人間同志で言う言葉ではありませんから。
「帰るぞ」って言いながら、無理矢理引っ張っていく方が、遙かにマシです。


それはともかく、大人になると、そのことは忘れていますが、自分のやりたいことをやろうとすると、得体のしれない恐怖がでてくる訳です。
大人ですから別に親に捨てられる位は、どうということはないですが、子供の頃に感じた感情に結びついているので、思い切った行動や決断が出来ないという場合が多いのです。

なぜ恐怖を感じてしまうかが分からない為に問題が起きているだけなので、一端、元の観念に気付いてしまえば、大人の視点からとらえることが出来るので、恐怖は薄らいでいきます。

恐怖が薄らいで行けば、自然に思い切った行動も出来るようになっていきます。
この様に見ていけば、思い切った行動が出来ないのは、自分が駄目だからでないことが理解して頂けると思います。

自分が変わる為に必要なのは自己観察であって、自己否定ではないのです。
自己観察というと難しく思うかも知れませんが、どういう状況の時に、どんな気持ちが起きるかということをチェックしているということです。

書いて燃やす作業をすると、自己観察の作業がはかどります。
姿勢や呼吸を変えることも、自分が変わる役に立ちます。
これは当然、自己否定する必要はありませんね(笑)

ただ、変えるだけです。

それに、姿勢や呼吸に意識を向けるということも、自分の身体に意識を向ける訳ですからある種の自己観察です。

心の動きと身体の状態に意識を向けることが、自己観察であり、それが自分が変わることにつながるのです。

自分が変わるということは、自分を変えようとすることではないのです。

しあわせな現実を創造するために



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