| 知恵と知識 知識だけに頼らないで下さいということは何度もお伝えしていますが、それは知識を否定している訳ではありません。 知識の扱い方の問題になるかと思います。 知識だけに頼る人の場合、往々にして、「こういう場合はこうする」という様なマニュアル的な知識だけを利用し自分で決断するということをしていない場合が多いのです。 現在はマニュアル化が進みすぎた結果、「こういう場合はこうする」という後手後手の知識というか「点」での知識が主流になってしまっています。 点での知識なので、膨大な知識が必要になったりもします。 もちろん表面上は自分で決断している様にみえますが、実際は、あらかじめ与えられたプログラム(こういう場合はこうする)に基づいて反応しているだけです。 何事も起きていない場合は問題ないのですが、こういう人の場合、想定外の事態が起きたとき、マニュアルが無いため対処できなくなります。 想定外の事態というのは、事件や事故に限りません。 まったく新しいことやる時なども含まれます。 知識が関連づけされていないというか、その知識の基になる根幹的な概念が抜けているのでしょうね。 根幹的な概念によって関連づけられた知識を知恵といいます。 「そもそも、それ(こういう場合はこうするということ)は、何をするためなのか」という根幹の概念が、きちんと理解できていれば、状況に応じて判断ができるはずなんです。 「こういう場合はこうする」という点の知識を関連づけてさえいれば、根幹の概念も理解できる知恵を身につけることが可能ですが、それはやろうとしない。 例をあげると、個々の交通ルールは何のためにあるか、ということもそうです。 ルールを破った人から、罰金を取るためではありません。 基にあるのは、交通が安全に行われる為にはどういう取り決めをしておいた方がいいかということです。 中には古すぎて現状にあっていないルール等もありますが、基本的には安全に意識を向けていれば、自然に交通ルールは守っているものです。 逆に言えば、交通ルールさえ守っていれば安全という訳ではないのです。 交通ルールを守っているつもりだけど、回りの状況が見えていない人は、危険ですから。 こういう人の場合、緊急事態でも交通ルールを守ることに固着して、事故を起こしてしまう場合があるのです。 状況によっては、事故を回避するために、敢えてルールを犯す場合もあるはずなのに、それが出来ない。 交通ルールの根幹が、事故を起こさない為にあるものというところにあることが理解できているなら、どちらを優先させるか自ずと理解できるはずです。 車を運転するとき、スピードを出しすぎてはいけない、車間距離を開ける必要がある、車の運転中に携帯電話を操作してはいけない等のことは、交通安全にとってどういう意味があるのかということを考えていば、そもそも安全に運転するとはどういうことかが理解できます。 交通ルールは、目的がはっきりしていて分かりやすいので例にあげましたが、他のことも基本的には同様です。 「こういう場合はこうする」という点の知識を関連づけいくことで、それは何のためなのかという根幹の概念が理解できれば、想定外の出来事に遭遇しても、決断ができるはずですし、状況の変化によって最初の決断に無理が出てくれば、臨機応変に変更していくことも可能です。 様々な世界の開拓者の人達は、そうやって道を切り開いてきたはずです。 始めからいきなり成功することは希で、失敗から何がいけなかったのかを理解し、前に進む知恵とするのです。 それらの知恵というのは、言葉であらわすことは出来ません。 知恵を基に、「こういう場合はこうする」ということが言えるだけなのです。 「こういう場合はこうする」という知識を基に、それらを関連づけ自分で知恵をつけるしかないのです。 本の読み方で「行間の意味を読む」という言い方をしますが、それはまさにこのことです。 当然、まったく知識がなければ、知恵をつけることは不可能です。 だからといって、闇雲に知識を集めても知恵はつきません。 知識を集めるポイントは、自分が気になったこと、疑問に思ったことを調べるということです。 調べていく内にまた新たな疑問が出てきて、それを調べていく。 そういう方法によって、関連づけられた知識を得ることが出来てきます。 自分が気になるということは、なんらかのメッセージです。 その瞬間に調べることが出来ないなら、メモしておき後で調べることが大切です。 メモをしておかないと、忘れてしまいます。 大切なメッセージを無駄にしてしまうのです。 こういうことをいうと、忘れてしまう位のことなら重要なことではないという反論をされる人もいます。 そう思うのは自由です。 そのチャンスをどうするかは自分で決めて下さい。 気になったことが、しょうもないことでもいいのです。 それを調べていく内に、予想外の展開をしていくこともあるのですから。 また、気になって調べた知識は、身に付きやすいものです。 でも、忘れてしまってもいいのです。 調べるということが大切です。 知識そのものを忘れてしまっても、概念は残るものですから。 調べることで、知識に関連する根幹の概念を得るのです。 知識だけでは、想定外の出来事の時、決断できません。 知恵があって、初めて自分で決断することができます。 興味深いのは、頭だけで考える癖のある人は、調べもせず、自分の知識だけで考えて、「どうしよう、どうしよう」って、オロオロしている人が割と多いということです。 そんなの答えがでる訳ありません(笑) 逆に知恵のある人の方がきちんと調べています。 そして、より成長していく。 ただ、気を付けて頂きたいのは、調べて得た知識を絶対視しないことです。 信じず疑わず、情報として記憶しておくことに留めて下さい。 技術関連などは日進月歩で変化していきますし、歴史の解釈などもそうです。 また、漢字のなりたちの解説などは、辞典によって違います。 それらを総合的に関連づけて知恵を得ればいいのですし、自分の成長にともなって重要と思われた知識も変化していくものですから。 知識にとらわれないで下さいと言っているのは、そういうことです。 それから、調べれば簡単に分かることまで人に聞く人がいますが、それは止めて下さい。 調べて分からない時に人に聞くのです。 自分で調べることで、疑問が解けなかったとしても、疑問に関する予備知識は身に付きます。 そうすれば、同じ回答を得ても理解の度合いが違ってきます。 予備知識があれば、その回答を関連づけることができ知恵とすることが出来ますから。 それに、「そんなことくらい自分で調べろ」と思われるのがおちです(笑) ぜひ、調べるということを心がけて下さい。 生きた新しい知識を得て、知恵を増やすことは、精神的成長にとって大切なことです。 |